靖國代替慰霊施設の構想、
意見集約できず










靖國神社に代わる国による戦没者慰霊などを検討してきた福田康夫官房長官の私的懇談会「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」(座長・今井敬日本経団連名誉会長)の論議が、行き詰まっている。追悼対象の意見集約ができず、終戦記念日である八月十五日の前に出すはずだった中間報告を見送ったほか、会合も五月下旬の第六回以降は非公開の「勉強会」だけ。自民党内でも、同懇談会が推進してきた「代替慰霊施設」構想への批判が高まっている。”不毛の議論”の実情を探った。




■首相の本音



「(代替施設は)靖國とは別ですから」

小泉純一郎首相は八日に、代替慰霊施設の有無にかかわらず、引き続き年に一回以上は靖國参拝を行う考えを表明。懇談会委員の一人は、「発言の意味は大きい。いよいよ何のための議論か分からなくなった」と指摘する。

懇談会は、昨年八月の首相の靖國参拝が国内外で政治問題化したことを受け、「あんな騒ぎはもう終わりにしたい」という福田官房長官のイニシアチブで設置された。そのため、代替施設不要論は「少数意見」として棚上げされ、施設設置を前提に論議が進められてきた。

しかし、首相は今年四月の靖國参拝時に、「靖國は国民の間で中心的な追悼施設」と改めて表明。この時点で、委員の間には懇談会そのものの存在意義を疑問視する声が出ており、「今回の発言でダメを押された」(懇談会関係者)格好だ。




玉虫色決着



懇談会における論議の経過は、インターネット上に開設されている首相官邸のホームページに掲載されている。

しかし、「不審船の武装工作員や南京事件の犠牲者も代替施設で祭るべきだ」といった議論の内容に、日本遺族会会長でもある自民党の古賀誠前幹事長が「戦没者遺族の感情を無視し、靖國神社の存在意義を形骸化するものだ」と激怒。座長の今井氏が六月に政府の「道路関係四公団民営化推進委員会」の委員長に就任したこともあって、月一回のペースで開かれていた正式会合は、五月下旬で中断したままだ。福田長官や安部晋三官房副長官らが出席しない「勉強会」は六月と七月に一回ずつ行われたが、いわゆる「A級戦犯」を追悼対象に含めるかどうかなどをめぐって議論は紛糾。結局、「A級戦犯を含める含めないについては一切、言及しない」と”あいまい決着”をはかろうとしているが、「『追悼』よりも『平和祈念』に重点を置いてはどうか」との意見が出始め、意見集約のめどは全く立っていない。




推進派孤立



一方、久保井一匡・前日弁連会長、ジャーナリストの下村満子氏らを呼びかけ人とする「新しい国立追悼施設をつくる会」は七月三十日、首相官邸に上野公成官房副長官を訪ね、「靖國神社は戦没者追悼の中心的施設ではない」とする申入書を提出した。

しかし、首相の靖國参拝を批判した野党内でも、久保井氏らに同調する声は広がっておらず、首相の靖國参拝を「違憲だ」として提訴した原告らの多くも、「国による追悼施設建設は先の大戦を美化するもの」と反対だ。

これに対し、代替施設の建設に反対する動きは自民党を中心に高まっている。古賀氏のほか、元日本遺族会会長の橋本龍太郎元首相や、自民党の亀井静香前政調会長、首相の靖國参拝に批判的と見られていた野中広務元幹事長らも、「反対」または「慎重対処」を表明。国会議員を対象とした代替施設反対署名もすでに百六十人を超えた。

「日本遺族会は代替施設を黙認するとの感触を得ていた」(自民党議員)とされる福田長官の”誤算”。こうした状況を受けて、首相官邸内でも代替施設推進論はすっかり鳴りを潜めており、政府内では「結局、国民的な議論を深めたということでいいのではないか」(政府筋)と懇談会の”静かなる幕引き”を望む声が高まっている。




靖國代替施設をめぐる自民党有力者の発言





古賀誠前幹事長(日本遺族会会長)

「深刻な危惧(きぐ)の念を抱くに至った。靖國神社の根底を揺るがす施設との懸念を抱かざるを得ない」



橋本龍太郎元首相

「『きょうからここが国立慰霊碑だ』といわれても、私には『そこにお参りに行く』という言葉は出てこない。この問題は情の問題だ。」



野中広務元幹事長

「靖國神社に代わるものという比較論で国立墓地をつくるべきではない」



亀井静香前政調会長

「これほどばかげた発想はない。こんなことに税金を使うのは無駄遣い。絶対に阻止する。」



(注)  この記事は「産経新聞」の本年8月11日朝刊より転載しました。







平成14年8月25日 戦友連403号より


【戦友連】 論文集